バイエルで挫折した小4の私を救った、ピアノの先生の「悪魔的な(?)一言」

Uncategorized

「周りのみんなは、もうソナチネやソナタを弾いているのに……」

小学4年生のとき、私は焦りと引け目を感じながらピアノ教室のレッスンに通っていました。

実は私は3歳のときに一度ピアノを習い、途中でやめてから約7年のブランクを経て再開したばかり。母が探してきてくれたその教室は、音大受験を目指す生徒も通うような、とても厳格でスパルタな教室でした。

同級生たちがヤマハなどでどんどん上達していく中、私は「バイエル」の上巻から下巻に入ったばかり。 追いつかせるために先生が選ぶ教本も少し特殊で、練習しても練習しても周りとの差が埋まらない気がして、当時の私はすっかり自信を失いかけていたのです。

■ 「さよさよ」と呼ぶ、破天荒な音大大学院生の先生

そんな私の担当になったのは、当時、音大の大学院に通っていた若い男性の先生でした。

とても厳しい先生ではありましたが、威圧感はなく、私のことを「さよさよ」と名前で呼んでくれるような温かさがありました。

ある日のレッスン。きっと私は宿題をちゃんとやってこなかったか、練習が嫌で浮かない顔をしていたのだと思います。 ですがその先生は、頭ごなしに怒るようなことは一切しませんでした。

「いつも家でどんな風にピアノ弾いてるの?」 「何の曲が好きなん?」

そんな雑談から始まったとき、私は当時小学生の間で流行っていた『明星』や『平凡』という雑誌の話をしました。 付録についている歌謡曲の楽譜(当時はギター用のコードが載っていた本)を見るのが毎月の楽しみで、流行りの曲を右手だけで探り弾きして遊んでいることを、ちょっと後ろめたい気持ちで打ち明けたのです。

クラシックの厳格な教室です。「そんなお遊びはやめなさい!」と怒られるかと思いきや……先生が言ったのは、あまりにも思いがけない、破天荒な一言でした。

■ バイエルの裏表紙に書かれた「秘密の暗号」

「それ、左手で和音つけたらもっと楽しく弾けるよ」

そう言って先生は、私が開いていたバイエルの教本の一番後ろのページ(余白)をペラリとめくると、鉛筆で『ドレミファソラシド』の音符をサラサラと書き下ろしました。

そして、その音符の下に『C、D、E…』という見たこともない英文字(コード)と、基本となる和音の形を書いて教えてくれたのです。

「ドならC、レならD。この和音を左手で押さえるだけで、さよさよの好きな曲が何でも弾けるようになるからね」

当時の私にとって、それはまるで「バイエルを真面目にやらなくても、好きな曲を自由に弾いていいんだよ」と言われたような、目からウロコの「悪魔的な(?)魔法の教え」でした。

(※大人になって楽典や音楽理論を学んだとき、あの時先生が教えてくれたのは、小4の私に分かりやすく噛み砕いた高度なコード理論だったのだと知り、心の底から感謝しました。)

■ 鍵盤から離れなければ、指はちゃんと覚えていく

それからの私は、先生からもらったクラシックの宿題よりも、バイエルの裏表紙を見ながら流行りの昭和歌謡やポップスを右手と左手で弾くことに夢中になりました。

発表会の曲は真面目に練習しなかったので(笑)、同級生ほど上達は早くなかったかもしれません。 けれど、大好きな曲を夢中で弾いているうちに、自然と右手も左手も動くようになり、指と鍵盤の感覚が身体に染み込んでいったのです。

その後、人生で何度もピアノから離れる時期がありました。 それでも街中で聞いた素敵な音楽を、耳コピで右手で追いかけ、左手で適当に和音を合わせて自由に伴奏をつけることができる。 今でも私がピアノを楽しめているのは、あの時、先生が授けてくれた「自由な音の楽しみ方」のおかげです。

■ 好きなことを、嫌いにならないために

練習が嫌になったとき、楽譜通りに弾けなくて嫌気が差したとき。

一番大切なのは、「鍵盤に触れることをやめないこと」です。 上手じゃなくても、完璧じゃなくてもいい。好きな曲を片手でも、和音ひとつでも鳴らしていれば、指は絶対に裏切りません。

あの時の先生は、ピアノの技術以上に「好きなことを嫌いにならない方法」を教えてくれていたのだと思います。

「楽譜通りに弾かなきゃ」というプレッシャーでピアノが辛くなってしまった大人のあなたへ。 バイエルの後ろに書かれたあの和音のように、もっと自由に、もっと楽に、あなただけの「音」を楽しんでみませんか?

チャンプルーひさよ(^^)

コメント

タイトルとURLをコピーしました